あ*****で その **  髪は乱れても 心は乱れぬ 筋金入り

 

あの人は 

作詞家 であり
作曲家 であり
アレンジャー であり
プロデューサー だ


あの人の オリジナルに 大物の

作詞家 作曲家 の 作品が少ない 理由の 答えが ここに ある


以前 ある人は 述懐して このような文章を 記した


あの人は

「音とか言葉とかに ものすごい 直感力があった」

  この音はいい
  この曲はいい
  この伴奏はいい
  この言葉はいい
  この言葉には抵抗がある


とか 必ず言いました

それ以外 無口でした





プライドの高い 似非 大物の

 作詞馬鹿(家) 作曲馬鹿(家) 馬鹿アレンジャー 馬鹿プロデューサー


とは 必然として あの人は ぶつかる

その結果 似非 大物の唄が 完成することは なかった



ここに 

あの人の オリジナルに 似非 大物が 関わった作品が 少ないことの 答えがある



あの人は 仕事では 唄を 唄いたくない 人だから

自分の 心を反映できない作品(心が熱くならない)は 唄いたくないのだ 

だから そういう唄(一方的に押しつけられる唄)は 生まれないのだ



そんな性格 故に

あの 狂人恩師とは 意見がぶつかり つかみ合いの けんかになる事も多く

時には ぶち殴られることもあり 

それに 怒って 泣きじゃくり 家を飛びだすこともあり

それでも 翌朝には 戻ってきた


あの人は そんなことで 心を折ってしまうほど 軟弱な精神では ないのである

 
たとえ 狂人であっても 

恩師は 同士=同志 であり 友人であり 兄であり ** ? でも あった

狂人であった けれど 自分の意見を聞いてくれた 恩師



その恩師と 熱い心をぶつかり合わせて完成した あの 初期の 共同作品群

そんな作品だからこそ あの当時の 世間に 受け入れられた 



唄が完成できた その 答えは 

その作品が 

ふたりの 作詞家であり 作曲家である

その ふたりの 『共同作品』 であるところ に あった



  決して 心を曲げない 妥協を許さない 強靱な精神
 
  音とか言葉とかへの ものすごい 直感力

  過敏 というより 過激な 音へのこだわり



この ふたり の 狂人が 生み出した 共同作品 だったが故に 

その当時の 人々の 心の奥まで 届いたのだろう

あの 驚異的な 数字を残せたのだろう



あの当時 台頭した フォー クソ(糞) ソング

多くの 今の AKB(アホ・クソ・バカ)のような 

にわかボウフラ シンガーソングライター より


あの人は よっぽど フォークシンガー なのだ

シンガーソングライター だったのだ

+(プラス) アレンジャーでもあり プロデューサーでもあり

マネージャーでも あった


あの人の ルーツの 「旅芸人」 は 

これら すべてのことを 自分で行ってきた 「個人営業者」 ? だった


あの有名な曲 ふたりが お遊び で つくった あの曲


 ♪ 前を見るよな がらじゃない


では なく


あの曲の もとになった 作者 不明 の この曲


こういう 唄は こういう 庶民 ? に 歌い継がれる唄に こそ


唄の 真価 進化 深化 新価 神火 心火 が あるのだ



だれでも 口ずさめる唄 メロディーに お遊びで 付けた歌詞

その 秀逸さ 深さ 故に 人の 心に しみ込んで いったのだろう

あの 哲学的な 歌詞は ふたりの 直感力から 生まれた歌詞 だ



***ン というのは


♪ キンカン ぬって また 塗っての


キンカン などの 柑橘(感喫 カンキツ)の 一種 でも ないし


甘い 羊羹(酔感 ようかん)の お友達でも ありません 


そんな 甘いものでは ありません



寄り添って唄う歌手の あの人の 心を 熱くした 

ある施設の 名前の 略称 (**マ の ****所)で あります



話はかわって

消されても 消されても 甦ってくる

多くの人からの 評価の高い あの唄 あのカバー曲

あの どこかの お母さんが 買い物 帰りに 

普段着で ふらっと 立ち寄って 唄ったような あの唄



あの 似非 国民的な 昭和の歌姫 の 唄

おだてられ 美しくもない 空に 舞い上がり

ちょっとっばかり 高い ところから えばって さえずった 

「醜空えばり」 と いう鳥の 唄



その唄を 恐れ多くも 普段着で唄う なんて 何と 大胆だ

髪は乱れても 心は乱れぬ 筋金入りの あの人の

あの 普段着の あの 唄は



あの人流の 遊び心 の なせる 「しゃれ」 か 

はたまた この国の 似非大物世界 歌謡界へ の 

あの人流の 「プロテスト」 だったのか



唄に入ると 神憑った 本気モード

歌い終わると どこかの おばさん 
 


母ちゃんは すごいんだ

娘さんが 手こずり 苦労した のも わかるな

そんな 母ちゃんに 戸惑った 娘さんの気持ちを 察すると 。。。。。



母ちゃんは 「嵐の女神」



「嵐の女神」 は 娘さんから みると


  誤解されることの多い彼女でしたが... とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、
  正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、
  おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。
  悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。



あの人の 母ちゃんは 多くの形容詞をつけないと

説明できない 深い 人格 神核 だったので


それ故に 多種多様な 一面的で 間違いだらけの 第2印象が

一人歩きする ことに なったのだ




そんな 娘さんは

4月4日から流れる予定の主題歌に どんな歌を作るのだろう

どんな 歌詞を ひねり出すのだろう


やはり お母さんの あの詩のように 遊び心満載で 

それでいて とても深い 哲学的な 詩 に なるのだろうか


 ♪ よそ見してたら 泣きを見る


「詩」 になるのかな ?????



赤ちゃんの **** の 美しさに ビビる

なんて 放送禁止用語を使って

話が 決裂 なんて ことにならないと いいが 。。。。。  



夢を追い続け 自分を曲げずに 決裂して

日の目を見なかった 歌は

おそらく 数多くあったのでは ないだろうか と 推測される

嵐の女神(母ちゃん)の 娘さん だ



その血をひく 娘さんも 相当 変人である 奇人である

それにしても 母ちゃんは

**** なんて 言葉は 歌詞としては 唄わないだろうけどね 。。。








追記

あの人は 娘さんに 自分の歌を 唄うことを 

許さなかった らしい


娘さんは こんな歌を 唄っているところを

母ちゃんに見つかったら どうなるかわからない と

いつか 言っていた


母ちゃんは かつての 自分と同じ路線では 自分を超えることができない

と 思っていたんだろう


娘さんは 自分とは 違う 「STAR」 に なれると 思っていたんだろう

母ちゃんが プロデュースした 娘さんの 原点は

この  「STAR」 という CDアルバムに あると 私は 思っている



しかし

娘さんの 創る 朝の連続ドラマの 主題歌は どんな歌に なるのだろうか


寂しい思いをさせ続けた 母ちゃんへの 仕返しとして

母ちゃんが 許さなかった 「ドエンカ」 調 の 歌に ※

最大の お遊びで 洒落で 唄ってみるのも おもしろいかもしれない な 。。。。。

 



※  声に出すのは おろか 言葉として 見ることすら 寒気を 催す
  この言葉 「演歌」 を 使いたくなかったので 
  やむなく カタカナ表記の 「エンカ」 に しました

  あの人は 仕事モードで 唄う時でも 
  歌を 演じて唄うことは 嫌だった人である

  悲しい思いを 寂しい思いを させた 母ちゃんへの 仕返しとして
  母ちゃんを 演じてみせる
  「ドエンカ」 を 遊び心満載で 唄ってやれば

  母ちゃんも 堪忍袋の緒が切れて
  下界に 舞い戻ってくるかも しれないよ





P5220178.jpg
  
笑顔の 孤高の 母ちゃんに 寄り添う 幼い頃の 娘さん










BGMは 当初の 予定を変更して この唄

あの人の この唄(カバー曲)


私には この唄は

あの人が 「演歌」 に 対しての 怨み 怒り を ぶつけた

「演歌」 に 対する 「怨歌」 に 聴こえたからです

あの人の 「怨歌」 「ド(怒)エンカ」 に 

私には 聴こえたんです



「演歌歌手」 「怨歌歌手」 なんていう

あの人にとっては 不本意な 汚名に 対して

憂さ晴らし を した あの人の この唄は  



あの人の 

「うらみ(怨)の 歌」 だ   「ド(怒)の エンカ」 だ



































      








 
[ 2016/02/24 23:00 ] あの人を偲んで | TB(-) | CM(-)