船去券(せんきょけん)  字 違ったか ??

     
「してもらう」 という発想の 悲劇



どうして 「してもらう」 という発想が  

この国から は 抜けないのだろう

どうして いつも 誰かに 「してもらおう」 とするのだろうか



誰かを 待っていては 何も変わらない

何かをしてくれる 王子様 お姫様 を

待っていても 来てくれるはずなど ないのだ



「してもらいたい」 ことが してもらえなければ

ストレスが たまる



そう 

「してもらう」 という発想 しか できない人にとっては

この国は 「ストレス社会」 なのだ

この国 で 生きることは ストレスが たまり 続けるのである


この国では 近年 ストレスに 起因する 

「病気 ?」 「事件 ?」 「犯罪 ?」 が 

なんと 多いことか



「してもらう」 のではなく 「する」 のだ

自分で 自分の力で 自分の頭で考えて 

 「自分で する」 のだ
 「自分が する」 のだ


いいか 「してもらおう」 と するな

自分で 這い上がれ 自分で 立ち上がれ



「幽霊の枯れ尾花」 に おびえている あんたは 

目の前の景色を ちゃんと 自分の目で 見ているのか

勇気を出して 現実を 見つめることは できないのか


世の中は 「こういうもの」 では ない

世の中を 「こういうもの」 に 『する』 のだ



どうして この国は 水槽の中で 熱帯魚を 育てたのか

勇気を出して 水槽から 飛び出した 熱帯魚 が 干からびて 死んでいる



「してもらう」 こと 『しか』 できない 熱帯魚


誰かに 水温や水質の 管理を してもらい
誰かに えさを 与えてもらい


「してもらう」 こと 『しか』 できない 熱帯魚


勇気を出して 水槽から 飛び出した 熱帯魚 が 干からびて 死んでいる



そんな 熱帯魚 を 育てたのは 誰だ

水槽の中 綺麗な色の 熱帯魚を ながめて 目を細めて 喜んでいるのは 誰だ



水槽の中の かわそうな 熱帯魚

自然の 海に 帰してやれば

熱帯魚も 自分で えさを とれるのに



船去券(せんきょけん) 洗居研(せんきょけん)

を 与えられた 水槽の中の 熱帯魚


無事 水槽から 船出して この国から 去ることができるの だろうか

たどり着いた 新しい住まいでは いつも 体を 洗い続け

住居を 洗い続け 日々研鑽し 続けないと


船去券(せんきょけん)の 有効期限は 切れてしまう



有効期限が 切れた 世の中

その世の中で 起こること


正体は 怖くなかった はずの 「枯れ尾花」

その 「枯れ尾花」 が 牙をむき

本当の 幽霊に いや 悪魔に 変異する


幽霊に 取り憑かれた 熱帯魚が 凶暴な 鮫に 変身する


新しい住まいでは いつも 体を 洗い続け

不断の努力で 日々研鑽し 続けないと 


悪魔に 心を乗っ取られて しまうだろう


船去券(せんきょけん)の 有効期限は 切れてしまう のだ



青春は 掃除 である
青春は 洗居 である  




BGM は 「水槽の中の熱帯魚」 という この唄

えっ 題名が 違っている って


この唄 その当時は 誰もが 口ずさんだ 唄だった そうだね

子供の頃 この唄を 口ずさんでいて 

お父さんから 子供が そんな 唄を 唄うもんじゃない って

ひどく しかられて 張り倒された という人の 話 を みつけた


確かに 歌詞の内容からすれば 子供が唄う唄では ないよね

それでも いい唄は 多くの人に 口ずさまれるようになって

初めて いい唄に なるんだよね



水槽から 出るに 出られぬ 熱帯魚の 悲哀は 子供にも

わかったんだろうね


だから その当時の 多くの人に 口ずさまれる 唄になったんだろう



ストレス社会という 水槽で 育った この国の 熱帯魚を 

自然の 川や 海に 帰すには 何が 必要か 何から 始めればいいのかを

考えなければいけない 時代に さしかかっているんだろうな 



それでも

「説明責任」 なんて くだらない 「責任」 に こだわっている

この国では 絶望的か


「責任」 は 「責任」 でも 大切なのは 「結果責任」 なんだよね

いくら 「説明」 してもらっても 腹はふくれはしない


結果に 対して 「責任」 とれる 「結果責任」 の 倫理観は

個 として 確立 した 人にしか 生まれてこない


あの戦争を反省して

子供を大切に しすぎた この国

子育て 教育の 失敗の つけが この時代に 回ってきているのだ



子供は 

家族の中心ではない 家族の一員だ

社会の中心ではない 社会の一員だ



子供でも 年相応の 責任はとれる

責任を とり続けることを 通して 初めて

個 として 確立 した 人に 成長できるのだ


責任をとることをせず 水槽の中で 熱帯魚として

育った 人間 が 何を しでかす かは

戦後の この社会が すでに 多くの事例(恥例)を 出している

















BGMを 歌っている この人の歌声は この花のように 柔和で やわらかく やさしい声だね



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逢いに来たのに なぜ出て逢わぬ 僕の呼ぶ声 届かぬか





















        
















        





 
[ 2016/03/08 11:00 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)