子守唄は 遠くにありて 想うもの 聴くもの

    




この子は 子守唄を歌う お母さん の ような お姉さん だ


島原の子守唄
五木の子守唄
良太の子守唄
遠くはなれて子守唄
山里の子守唄
ひとり寝の子守唄
博多の子守唄
宮城の子守唄
 


などなど この子の唄う 子守唄は 

子守唄とは 銘打っていない唄も 含めると 数え上げれば きりがない



得も言われぬ やわらかさで やさしさで あたたかな 唄声で 

子守唄を 唄う この子

この子に 子守唄を歌わせたら 右に出る者は いない


 右に出れば ヘッドロック か コブラツイスト
 左に出れば ひじてつ か 空手チョップ
 前に出ようもんなら 跳び蹴り か スープレックス
 後ろから 密かに近づけば 回し蹴り か 背負い投げ



私は 落ち込んでいる時 など には

この子に 背負い投げされたい 誘惑に駆られる時も あります


しかし この子は そんなことは しません

この子は 「人に勝つより 自分に勝て」 の 人だから

そんな 人を痛めつけるような 野蛮なことは しません




この子の唄う 子守唄は

二段重ねの 土の妖精 が 


 時には 重なり
 時には 離れ離れになり
 時には 宙に舞い
 時には PM2.5の ような 超微粒子となり 風に乗り
 時には 沼の底にもぐり ヘドロとなり



土の妖精は 何を しでかすか 予想も つきません

土の妖精の 振る舞いは 数え上げれば きりがありません


本当に もう やりたい放題 でありまする~~~ぅぅぅ



ここだけの話ですが

実は この子の唄は すべての唄が 

本当は 子守唄なんですよ


裏見(うらみ)の 唄として

多くの人たちから 評価の高い 

あの ファースト・フード・アルバム ? だって 


メタボリックシンドロームの 危険をおかし 

接近して 食べ続けて みると

私には 今では どの唄を聴いても 子守唄 『に』 しか 聴こえない


離乳食は こんなにも おいしいもの だった のか と 

思ってしまう ので ある


この子の唄う 子守唄は 学校給食の味 が する

脱脂粉乳を 飲みながら 食べる コッペパンの 味だ


この子が 給食当番の時 笑顔で 食器に ついでくれた

脱脂粉乳を 飲みながら コッペパンを かじったら

得も言われぬ 唄声の この子の 子守唄が 聴こえる


そんな 幻覚 幻聴 に 襲われた 少年の 情圭(じょうけい)が

思い浮かび ますね



子守唄というのは けっして 演じて唄う歌 なんか では ない

そんな 打算的な 小細工など しないで 

もっとダイレクトに 声 を  * を 届ける唄だ


子守唄というのは 「守子の唄」 とは 違い 

怨み とは もっとも 遠く離れたところに ある唄だ 


子守唄は 怨みの 侵入を 断固として 拒否する 唄だ



そして

子守唄は 不幸にして 怨みを抱いてしまった 子供の心を

いや 大人の薄汚れてしまった心 をも 癒やす唄でも あるのだ


さらには

この子は 守子の唄 をも 子守唄 として 昇華させて 唄える

数少ない 希有な 唄人 でもある



しかし

得も言われぬ 唄声で 子守唄を 唄う 東洋のローレライ

その 唄声に 甘えたくて

近づこうものなら ひどい目にあう


この子 には 人を寄せ付けない 厳しさ がある


東洋のローレライは さすらい の 人 だ


この子の唄は さすらいの人が 唄う 子守唄だ



この子が唄う唄は どの唄も 子守唄なのに

この子が 人を寄せ付けない のは
 

自分の歌に 惑わされる人を 沼に 川に 海に 沈めないための

この子なりの この子流の やさしさ 心配り なんでしょう



孤高の 子守唄シンガーの この子は
 

べたべたと すり寄ってくる 者を 者は

きっと すきでは ないのだろう




子守唄は 遠くにありて 想うもの 
子守唄は 遠くにありて 聴くもの 

なのである







追記


この子の唄う子守唄は 「給食」の 子守唄 だ

また 字 間違った 「究極」 だ


この子の唄う子守唄は 「究極の子守唄」 だ



J 変な 圭容詞 つけないでよ

  私 歌姫 だとか 究極 なんて 圭容姿 嫌いなの

  私は 普段から 化粧 なんか しないの


  あの時代は みんな 貧しかったのよね

  給食は 子供たちの 大切な 栄養源だった わね

  給食が とても おいしくて ごちそうだったのよね


  だから 私の唄に もし 圭容姿を つけるなら 

  「給食の子守唄」 が いいわね

  私は おなかをすかした 子供たちの 

  おなかに 寄り添う 給食のような 子守唄が 唄いたいな



B Jさん 字 間違っていますよ

  形容詞 じゃあないですか


  いいのか あの人そのものが 「圭容姿」 だもんね


B 心をすかした大人たちの 心のおなかに そっと 寄り添う

  給食のような子守唄 いいねぇ


  世界中が雨の日でも いつも笑顔の 太陽さんの 唄う 子守唄

  あの人の唄は 給食のような 子守唄だね 


B きっと あの人の娘さんに とっても 

  あの人は 給食のおばちゃん のような 人だった んだろう


  幼い頃の娘さんは 

  本当は 給食のおばちゃんを 独り占め したかった のだろうけど

  給食のおばちゃんは すべての子供に 分け隔てなく

  給食の 子守唄を 唄う(届ける)おばちゃん だったん だろうな


B 娘さんが 作詞・作曲した 「ぼくはくま」 という 童謡

  あの難解な 歌詞を持つ あの 某放送曲の 「みんなのうた」

  として 創られた ? あの 童謡は

  何を隠そう 娘さんが 給食の おばちゃんへの 複雑な気持ちを

  唄にしたものに 他ならない


  この唄について 語り出すと 終わりそうにもないので

  また いつか ね(音) 。。。






追記 2


BGMは この唄  「MY FRIENDS」

この唄は あの人が 唄った 最後の 子守唄

この唄は 給食のおばちゃんが たったひとりの 娘さんに 贈った唄 なのだ


MY FRIENDS という 複数形のかたちを とって 「は」 いるが

MY FRIENDS というのは たったひとりの 娘さん の ことなのだ




しかし MY FRIEND は もうひとり いるのだ

だから 曲名が MY FRIEND ではなく 

複数形の S が付いた MY FRIENDS に なっているのだ


誰のことか それは あの人の 第3印象の 中にある(存在する)

ある領域のこと なので そっと しておいてあげたいので 内緒 ね 。。。。。



やっぱり この唄は BGMには 使えないな

この唄を 聴きながら この文章を 書いていたら

なぜか キーボードが びしょ濡れになって しまった

どこかで 雨漏り して いるんだろうか 。。。


この唄 大** なんだけど

やっぱり この唄は BGMには 使えないな

この文章の BGMは ちがう唄に 変更しますね
  







  
P2240145.jpg

   
ある人から


「この子はどこらへんに置いたらいいんでしょう」


という質問を されたので


私は ない知恵を絞って 私なりに 考えてみました

やだ~ きも~い~ あんたなんかに 聞いてなんか いないわよー

と いわれる かな


忘れて見せよう *** の うらに 潜む 沈む

忘れるもんか  *** の 気持ちを すくい上げ 引きずりあげて


私なりに 書いてみました


しかし ある人に さしむかえで 勝負しようなんて 

大それた 気持ちは さらさら ありません 持っていません


私とは 格が ちがいすぎます

音楽の知識 音楽の素養 人生経験 学識 文章力 

などなど どれをとっても

私など とても ある人の 足元にも 及びません

この人の 文章を読むと

ただ ただ すごい人 だなあ と いつも 感心する だけです 






あんたは どこのだれか以 と 聞かれたら

最近は

「日本のあっちのこっち」  ですと 答えることに しています













































































          
[ 2016/05/22 13:00 ] あの人を偲んで | TB(-) | CM(-)