「東洋の ローレライ」


なにが 「らしさ」 だ ばーか

私は 私だ

私は 「らしさ」 ではない

いつ いかなる時も 私は 私であり 「らしさ」 なんかじゃ ないぞ~


そもそも 「らしさ」 とは なんなん だ

「らしさ」 の 価値基準は なんなん だ


それは 過去の ある 価値基準 から だけに 

基づいて 導き出されて いる ものだろう


人には 過去 現在 未来 が あるのだ

そして 人は いつも現在に 生きている


現在の 私を 

過去の ある一時期だけの 価値基準で はかるのは

ばかげている

くそー むかつくなー


それを言うなら

現在の 私だって 今現在の 「私らしさ」 だろうが

ええっ 間違っとるか どうなんだ


そもそも 「らしさ」 なんていう 不確かな 価値基準は

あんたの 心の中に ある 


身勝手な 感情 だろうが
身勝手な 欲望 だろうが


そんな 狭小な 価値基準の 中に 


私を あてはめ ないでくれ
私を 押し込め ないでくれ
私を 閉じ込め ないでくれ


私は あんたの ために 生きているんじゃ ないんだ

私は 少なくとも あんたの ために なんか

絶対 従って やるもんか


ばーか !!!!!








追記


誰かが 怒っているね~

この人は 誰でしょう


この人は 思っていても こんなことは 言えないだろうから

私が よけいなお世話も 顧みず 想像してみました


この人は 「らしさ」 なんていう 価値基準では


はかれ ない人 ですよ
はかっては いけない人 ですよ


よい子の皆さんは まちがっても

「らしさ」 なんていう 自分の内なる 願望 から 

人を 支配するような あやまち を 犯さないように してくださいよ


「らしさ」 なんていう 羨望鏡(せんぼうきょう) で 見るのではなく


自分の 目で 見て
自分の 耳で 声を聴いて




その人の 今現在の 第3印象を 確かめて あげましょうね

それじゃ ないと この人が 可哀想 過ぎる よ ね 。。





      
人魚が 潜んでいそうな 水辺

PA070106.jpg







あの人の お母さんは 兎 でも 鴎 でも なく

やはり 人魚 だったんですね


「東洋の ローレライ」

なじかは知らねど 心わびて
昔の伝えは そぞろ身にしむ
さびしく暮れゆく **の夜
街のネオンは 妖しく はゆる

うるわし乙女の 店に立ちて
心の乱れを つまびき
口ずさむ 唄の声の
くすしき力に 魂も 迷う







   
この文章の BGMは 

あの人が 人魚に 心を馳せて つぶやいた この歌

 
















































        



 

[ 2016/12/27 13:00 ] あの人を偲んで | TB(-) | CM(-)